東京地方裁判所 平成4年(ワ)16168号 判決 1993年5月24日
原告
川鉄リース株式会社
右代表者代表取締役
込山信次
右訴訟代理人弁護士
多田武
同
鈴木雅芳
被告
国
右代表者法務大臣
後藤田正晴
右指定代理人
浅野晴美
外一名
主文
一 被告は、原告に対し、金一〇二万八九五四円及びこれに対する平成四年九月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求を棄却する。
三 訴訟費用は、これを六分し、その一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一 当事者の求めた裁判
一 請求の趣旨
1 被告は、原告に対し、金一二二万八九三四円及びこれに対する平成四年九月二六日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
2 訴訟費用は被告の負担とする。
3 1につき仮執行宣言
二 請求の趣旨に対する答弁
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
3 担保を条件とする仮執行免脱宣言
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 本件の経緯
(一) 株式会社シービーシー(以下「シービーシー」という。)は、株式会社ジェーシーイー(以下「ジェーシーイー」という。)に対し、委託代金債権四六三万五〇〇〇円(消費税分一三万五〇〇〇円を含む。)を有していたところ、平成三年六月一二日に株式会社富士銀行(請求債権九三六万七一九〇円)が、同月二一日に株式会社大和銀行(請求債権四六三万五〇〇〇円)が、右債権(ただし、株式会社富士銀行は四五〇万円について)に対し、相次いで仮差押えをした(東京地方裁判所平成三年(ヨ)第三四五三号、同第三六四七号)。
そこで、ジェーシーイーは、同月二九日、右委託代金四六三万五〇〇〇円を仙台法務局に供託した(以下「本件供託金」という。)。
(二) 原告は、平成三年一一月一五日、シービーシーに対するリース料請求権九七八万三九〇四円を被保全権利として、本件供託金の還付請求権(以下「本件供託金還付請求権」という。)に対する仮差押命令を得(東京地方裁判所平成三年(ヨ)第六六二二号)、同仮差押命令は同月一八日仙台法務局に送達された。
(三) 次いで、株式会社日本インテック技研(以下「日本インテック」という。)は、平成三年一一月一九日、請求債権を二五九九万二六九八円(執行費用六五七〇円を含む。)として、本件供託金還付請求権四六三万五〇〇〇円に対する差押命令を得(東京地方裁判所平成三年(ル)第五三四一号)、同差押命令は、同月二一日仙台法務局に送達された。
(四) 平成三年一一月二五日、右差押命令に対する仙台法務局供託官(以下「本件供託官」という。)の陳述書(民事執行法一四七条、民事執行規則一三五条二項参照)及び事情届出書(同法一五六条三項、民事執行規則一三八条参照)が東京地方裁判所に提出された。ところが、原告が本件供託金還付請求権を仮差押えしていることは、右陳述書には記載されていたが、事情届出書には記載されていなかった。そのため、平成四年三月二七日、東京地方裁判所において、原告を除外して配当手続がなされ、別紙配当表(1)記載のとおり、原告を除く三社に対し配当がなされた。
(五) 原告は、平成四年二月一九日、シービーシーに対し、前記仮差押えの請求債権につきリース料請求訴訟を提起し(東京地方裁判所平成四年(ワ)第二四四九号)、同年四月二三日勝訴判決を取得し、同年五月一五日、右の執行力のある判決に基づいて本件供託金還付請求権を差し押さえ、同差押命令は同月二〇日仙台法務局に送達された。
2 被告の責任原因
(一) 本件供託官の過失等
本件供託官は、原告の仮差押命令が平成三年一一月一八日に仙台法務局に送達されたのであるから、日本インテックの差押命令に対して事情届出書を提出する際、原告が本件供託金還付請求権を仮差押えしている事実を同事情届出書に記載すべき義務があったにもかかわらず、漫然その記載を怠り、原告の仮差押えの事実の記載のない事情届出書を東京地方裁判所に提出し、その結果、原告は配当手続から除外され、後記損害を被った。
(二) 執行裁判所の配当担当者の過失等
東京地方裁判所の担当裁判官及び担当書記官ら(以下「配当担当者」という。)は、日本インテックの差押命令に基づく配当手続に際して、平成三年一一月二五日本件供託官より事情届出書及び陳述書の提出を受けたが、事情届出書には原告の仮差押えの事実の記載がなかったものの、陳述書には右事実の記載があったのであるから、当然疑念を抱き、仙台法務局に問い合わせるなどして原告の仮差押えの事実の有無につき調査すべき義務があったにもかかわらず、そのような調査を一切せず、漫然と事情届出書の記載のみを信用して、配当手続に原告を加えることなく他の債権者に本件供託金を配当し、原告に後記損害を与えた。
(三) 被告の責任
本件供託官及び配当担当者は、いずれも国の公権力の行使に当たる公務員であるから、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、原告の被った後記損害を賠償する責任がある。
3 損害
(一) 得べかりし配当金九二万八九五四円
本件において、原告が配当手続に加えられておれば、別紙配当表(2)記載のとおり、九二万八九五四円の配当金を取得できた。
(二) 弁護士報酬三〇万円
原告は、弁護士多田武に対し、本件訴訟を委任し、同人に対し平成四年九月一〇日着手金一五万円を支払い、さらに報酬一五万円を支払うことを約した。
4 よって、原告は被告に対し、国家賠償法一条一項に基づき、原告の被った損害一二二万八九五四円及びこれに対する不法行為の後である平成四年九月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否及び被告の主張
1 認否
(一) 請求原因1は認める。
(二) 同2は、いずれも否認する。
(三) 同3は、否認ないしは不知。
2 主張
(一) 本件供託官の過失について
本件のように、供託金還付請求権に対する差押えが競合した場合には、供託官に供託義務が生じるのと同時に全部の差押債権者等との関係で当然に供託がされたものとみなされる。したがって、このような場合の事情の届出は、執行裁判所に対し、供託金還付請求権に対する差押えが競合したことにより当然供託がされたことを届け出るという単なる事実の報告にすぎず、その記載は、民事執行法上、執行裁判所の配当実施の判断資料の一つを提供するにすぎない。本件供託官の過失を判断するに当たっては、以上のような事情を考慮すべきである。
(二) 配当担当者の過失について
配当担当者は陳述書を閲読していないから、原告の仮差押えの事実を知る機会はなかった。そして、法律上、差押えの競合の有無を判定する資料は、第三債務者から提出される事情届出書と供託書であるから(ただし、第三債務者が供託所である場合には、事情届出書のみである。)、配当担当者は、事情届出書の記載に疑問を抱かせるような特段の事情がない限り、差押えの競合を判断するにあたっては、事情届出書のみを閲読すれば足りる。
陳述書は、配当事件処理のための文書ではなく、差押債権者に宛てられた文書であり、配当担当者がこれを閲読する義務はなく、配当事件の通常の処理過程においても、陳述書は債権強制執行事件記録に綴られ、配当等手続事件記録には綴られない。
したがって、事情届出書のみを閲読して原告を除外して配当をした配当担当者に過失はない。
(三) 損害について
原告は、配当期日の通知を受けず、その責めに帰すべからざる事情から配当手続に関与することができなかったのであるから、本来の配当額よりも多額の配当を受領した他の債権者に対し、不当利得返還請求権を有する。このことは、原告の損害を算定するにあたり考慮されるべきである。
三 被告の主張に対する原告の反論
1 仮に、被告の主張するように、事情の届出が単なる事実の報告で、執行裁判所の判断資料の一つにすぎないとしても、事情届出書が執行裁判所の判断資料の一つである以上、供託官は執行裁判所に正確な事実を報告しなければならず、本件供託官には原告の仮差押えの事実を事情届出書に記載すべき義務があった。
また、事情届出書が裁判所の判断資料の一つにすぎないものであるとすれば、配当担当者は、事情届出書のみならず、陳述書その他の資料を調査し、慎重に配当債権者を確定すべき義務を負うことになるから、事情届出書を軽信した配当担当者の過失は明らかである。
2 仮に、原告が他の債権者に対し、不当利得返還請求権を有するとしても、被告に対する損害賠償請求権と不当利得返還請求権は競合して存在するから、原告の被告に対する損害賠償請求権に影響を与えることはない。
第三 証拠<省略>
理由
一請求原因1の事実は当事者間に争いがない。
二本件供託官の過失について
1 債権に対する仮差押えと差押えの執行が競合した場合には、第三債務者は、その債権の全額に相当する金銭を供託し、供託書正本を添付してその事情を執行裁判所に届けなければならないものとされている(民事執行法一五六条二項、三項)。これは、本件のように、債権に対して仮差押えがなされ、第三債務者が民事執行法一五六条一項の規定する権利供託をした後に、供託金還付請求権に対して差押えがなされた場合も同様であって、供託官は、差押えが競合した時点で、執行裁判所に事情の届出をする義務を負う。そして、民事執行規則一三八条によれば、事情届出書には、差押債権者を記載すべきものとされているのであるから、過失によって差押債権者の記載を遺脱し、当該債権者に損害を与えた場合は、原則として不法行為を構成するというべきである。
2 以上の見地から判断するに、前記<書証番号略>によれば、原告の仮差押命令は平成三年一一月一八日に仙台法務局に送達されたにもかかわらず、本件供託官作成の同月二二日付けの事情届出書には右仮差押えの事実が記載されていなかったことは明らかであるから、これは本件供託官の過失に基づくものと推認するのが相当であり、これを左右する証拠はない。
被告は、供託金還付請求権に対する差押等の競合の場合には、供託の効力が当然に全差押債権者に対して生じ、事情の届出は単なる事実の報告にすぎないことを理由に本件供託官の過失を争うけれども、たとえ事実の報告であるとしても、法律上記載が義務づけられている事項を遺脱することが正当化されるものではないから、被告の主張は採用できない。
三本件供託官の過失と損害との因果関係
供託金還付請求権に対して差押えが競合した場合、供託官はそのまま供託を持続したうえ、執行裁判所へ事情の届出をすることになるところ、これにより民事執行法一五六条二項の供託があったものとみなして執行裁判所は配当をすることとなる。したがって、この場合は供託書正本は執行裁判所に提出されず、執行裁判所はその記載を確認できないのであるから、事情届出書の提出が法律上執行裁判所の配当開始の要件であると否とにかかわらず、事情届出書に記載のない差押債権者が配当手続に加えられない結果となる可能性は極めて大きいといわなければならない。現に、前記当事者間に争いがない事実によれば、本件供託官作成の事情届出書に原告の記載がなかったために、原告が配当手続に加えられなかったことは明らかである。したがって、本件供託官の過失と原告の被った後記損害との間には因果関係が認められる。
なお、前記当事者間に争いがない事実によれば、本件供託官の提出した陳述書には差押債権者として原告が記載されていたのであり、これによって執行裁判所が原告の存在に想到する可能性もあったのであるが、それだからといって事情届出書に原告を記載しなかったこと、原告が配当手続に加えられなかったこととの間に因果関係がないとはいえない。
四損害
1 得べかりし配当金について
別紙配当表(1)記載のとおり配当がなされたことは当事者間に争いがなく、右配当表の記載及び弁論の全趣旨によれば、原告が配当手続に加わっていれば、別紙配当表(2)記載のとおり九二万八九五四円の配当を受けることができたことが認められる。しがって、原告は同額の損害を被ったと言うべきである。
配当表 (1)
債 権 者
債 権 額
配 当 額
費 用
損害金
元 金
費 用
損害金
元 金
合 計
1 (株)富士銀行
0
0
9,367,190
0
0
1,071,180
1,071,180
2 (株)大和銀行
0
0
4,635,000
0
0
551,105
551,105
3 (株)日本インテック技研
6,570
112,613
25,873,515
6,570
112,613
2,929,192
3,048,375
配当表 (2)
債 権 者
債 権 額
配 当 額
費 用
損害金
元 金
費 用
損害金
元 金
合 計
1 (株)富士銀行
0
0
9,367,190
0
0
857,626
857,626
2 (株)大和銀行
0
0
4,635,000
0
0
440,086
440,086
3 (株)日本インテック技研
6,570
112,613
25,873,515
6,570
112,613
2,324,811
2,443,994
4 川鉄リース(株)
0
0
9,783,904
0
0
928,954
928,954
この点に関し、被告は、原告は配当を受けた他の債権者に対し不当利得返還請求権を有するから損害がない旨主張する。しかしながら、一般債権者は執行目的物の交換価値を実体法上把握しているわけではないから、配当手続において不平等な配当がなされたとしても、債務者が複数の債権者に平等弁済をしなかっ場合に多額弁済受領者が小額弁済受領者の損失によって利得しているとはいえないのと同様、多額配当受領者が当然に小額配当受領者の損失によって利得しているとはいえない。これはある一般債権者が配当期日の呼出を受けず、全く配当手続に参加できなかった場合でも同様である。したがって、原告は配当に参加した他の債権者に不当利得返還請求権を有するものではなく、被告の主張は理由がない。
2 弁護士費用について
本件供託官の不法行為と因果関係が認められる弁護士費用としては、一〇万円が相当である。
五被告の責任
本件供託官が国の公権力の行使に当たる公務員であり、前記過失がその職務の執行におけるものであることは明らかであるから、さらに配当担当者に過失があるか否かについて検討するまでもなく、被告は、国家賠償法一条一項に基づき、原告の被った前記損害を賠償する責任を負うことになる。
六結論
以上によれば、原告の請求は、一〇二万八九三四円及びこれに対する不法行為の後で訴状送達の日の翌日である平成四年九月二六日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があり、これは配当担当者の過失の有無にかかわらないから、その点について判断するまでもなく、右限度で認容し、その余は理由がないから棄却することとし、訴訟費用について民事訴訟法八九条、九二条、仮執行の宣言について同法一九六条(但し、仮執行の免脱宣言は相当でないから付さないこととする。)をそれぞれ適用して主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官赤塚信雄 裁判官綿引穣 裁判官谷口安史)